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不良牧師アーサー・ホーランドのブログ。

復活祭イースター
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                                      イースター子供大会        


『 人間は時間と空間に閉じ込められている。
  だが魂は、時間と空間を越えられる 』   柳瀬睦男(故上智大学学長)

今日は世界中で、復活祭(イースター)が祝われている。人類の罪と死に対して、
赦しと命の約束があらわされた日とされている。聖書(バイブル)に出て来る処
女こうたんや、ジーザスの十字架の死と復活の話しを、信じ難いと思う人もいれ
ば、疑わずにして信じる人もいる。

俺は人に対して疑い深い性格の一面を、ある部分持っている。人を信じて裏切
られることも、多々あったからである。そんな俺も、自然界の中に入って行くと、
鳥の囀りや、波に風の音、野の花の香りに、そびえ立つ山々、またこの様に桜
の花、それらにしばし浸っていると、悩んでいたすべての厭な事が、吹き飛ん
でしまう体験をすることがある。

日本人は、春夏秋冬や花鳥風月を、こよなく愛する国民であった。其の中に頭
で理解しても分からないことを、理屈なしに、体で納得させられてきた民族でも
あった。人生のむなしさや無常観、自然への畏敬の念、それらが人の心を素直
にさせ、心でものを見る謙虚さを養い育ててきたのである。

私達はどこかで、自然の様に、子供の様になることを、忘れてしまったのかも
しれない。
2012.4.8 アーサー・ホーランド
| 徒然と | 10:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
歩調
9


 『 千里の道も ひと足宛(ずつ)はこぶなり 』  五輪書

足を伸ばす・足が出る・足を棒にする・足下をみられる・足が付く・足が地に着かず
足掛かりとなって・足を洗う・・・・
『 足 』 にかかわる言葉は沢山ある。何れにせよ、人の心の思いを表すには、行動
の一歩として、足がその役割を荷うのである。

俺も再び十字架を担って、九州縦断の一歩を踏み出す日が間近になった。
東京での、一ヶ月に一度の定例の集会を終えて、いよいよ月曜日の朝、7時の飛
行機で、鹿児島に旅立つことになった。

到着後の昼過ぎには、鹿児島から行進をスタートする。
体を慣らしながら徐々に、距離とピッチを上げて行きたいと願っている。
是非、みんなの気と祈りを、俺に送ってもらえればと思う。

『 一歩踏み出せば、遠い距離が、一歩近づく 』
2012.4.7 アーサー・ホーランド
| 徒然と | 09:07 | comments(1) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
受難日
8



 『 人が友のために命を捨てる  これよりも大きな愛はない 』     バイブル

この来る日曜日は、世界中ではEASTR(イースター)と言われ、ジーザス(キリス
ト)が、世界人類の罪のために死なれ、三日目によみがえられたとして祝う日とさ
れている。また今日金曜日は、GOODFRIDAY(グッドフライデー)と言われる日
で、ジーザスが十字架に、朝9時から午後の3時まで磔られて、苦しんだ挙げ句
死なれた、受難日とされている。

二葉亭四迷は、明治の時代に、初めて LOVE = 愛 という言葉が日本に入って
来た時に、『 あなたのためならば,命を捨ててもいい 』 と訳された。
お前は俺の友達だと言う人は世には大勢いるだろうが,本当に信頼できる友となれ
る人は、少ないのではないだろうか。しかしそんな我々を友と言い,命を張って我
等の罪の尻拭いをしてくれる人がいると言うのは、有難い話である。

『 絶望の影は,希望の光への啓示である 』
2012.4.6 アーサー・ホーランド
| 徒然と | 10:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
尊厳
10


 『 物や事には価値がある。しかし人間には尊厳がある 』       カント
六百万人ものユダヤ人が、ナチス・ドイツのイデオロギーのもとで虐殺された。
人類の歴史上で起きた、悲しい出来事である。
今を生きる我々に、人間の尊厳とは何かを問いかけている大事件でもある。

広辞苑で尊厳の意味を調べてみると 『 とうとくおごそかで、おかしがたいこと 』
とある。尊い人の命を人が奪う、そこに人間の内側にある心の、見たくない、醜い
濁り淀んだ、吐き気をもようす、掴み所のない、何かがある事を感じさせられる。

『 あなたの宝のあるところに、心もある 』 と言う言葉が聖書の中にあるが、宝とは
己が握って放さないものとも理解できなくはない。何を己の人生の宝にするかによ
って、生き方が左右されるのは言うまでもない。物質志向の強い社会にあって、人
は人としての 『 あり方 』 のバランスを崩してしまうものである。

宝自体は、本来良い事にも悪い事にも用いる事が出来る。
また宝をどの様にして手に入れたかによって、其の人の生き方に、其の宝に対して
の価値観があらわされてくるものである。

『 顔が水に写るように、心もあなたを写す 』 と言う言葉があるが、あなたの生き方
の価値が、実生活にあらわれてくるのである。歴史上の悲惨な出来事は、他人事
ではないと思う。 『 歴史はくりかえされる 』 とあるが、我々への警告でもあるのだ。

『 尊厳の念が欠けているのは、今の心のありかた 』
2012.4.5 アーサー・ホーランド
| 徒然と | 10:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
『 知る 』 と言う事
10


 『 アダムはエバを知った 』   創世記
人は土から生まれ土に帰る、と言う言葉があるが、陶器師が陶器を、練って造り
上げてゆく様に、神は土(アダマ)から、人(アダム)を創造したとある。そしてアダ
ムのハートに一番近いあばら骨から、エバ女を造り、 『 人 』 を男と女に造りあげ
られたと、聖書に述べられている。

男は女を命を掛けて愛し、女は其の男の心に一番近い、ふところ刀の存在として
支えるという、互いの、人としての徳を高める役割が、本能的に与えられている。
其の二人が、一つに融け合って互いを知ることは、神に創られた、人としてのアイ
デンティティに目覚めさせられることでもある。

この 『 知る 』 と言う言葉は、英語ではKNOW(ノウ)と言い、KNOWLEDGE(ノ
ゥレッジ)知識と言われる言葉へと繋ってゆく。世の中には 『 物知り 』 が多くいる。
要するに色々なことに興味を抱き、何でもよく知っている人のことである。その様な
人の中には 『 論語読みの論語知らず 』 も多い。頭で学んで知ることと、体で体験
することとでは、身につく身につかないの違いがある。

アダムはエバを体験したが、ゆえに 『 知った 』 のである。
それは己自身の存在と、其の命を与えてくれている、己のデザイナーの存在にも
目覚めさせられることでもあった。

一生懸命に、謙虚に生きている人は、必ずこの 『 知る 』 という領域に立たされて
ゆく。それは何をするに於ても、頭で学んで行くだけでなく、体で体験すると言う事
なくしては人間としての、本来その人の中にある魅力的な輝きを、輝やかせること
が出来にくくなってしまう。

全ての人の中に、其の人を輝かすものがあると、俺は信じている。ただ、其の人自
身がその事に気づいていない様に思える。そう言う意味では、むくな子供の方が、
教養ある学者よりも、はるかに輝いている。ものを知れば知る程理屈っぽくなる大
人より、子供は体いっぱい、恵みを疑いなく体験している。
大人は、その子供の素直さから学ぶべきである。

『 何も知らないものは、何も愛せない 』   パラケルスス
2012.4.4 アーサー・ホーランド


嵐の中、昨日のブレッシングナイトへのご来場、ありがとうございました。
| 徒然と | 11:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
安息
8
 

『 静まって わたしこそ あなたを愛してやまない存在であることを 知りなさい 』
                                          詩篇46.10
人は考える。人は悩む。単純なことを複雑にし、分かり安いことを分りにくくする。
学問を身につけ、論理を主張し、法を押し付ける。賢くないのに賢そうに振る舞い
不安なのに、安らいでいるかのように見せ掛かる。見栄を張り、素直さを忘れ、矛
盾の虜になり、そこに住まいを設ける。

人は孤独にさいなまされ、切なさに浸り、己の惨めさを己以外のものにぶつける。
そんな人に、今日も朝日は登り、あたたかい日差しが注ぐ。恵みの雨は降り、乾い
た大地は潤う。鳥たちの囀りが目覚めを与え、野の花たちは、いのちの豊かさを、
香りをもって届けてくれる。

海の白波や、岸辺に打ち寄せる波は、心の濁りを洗い流してくれる。
空に舞う蝶々は、忘れていた頬笑みを、我等に取り戻させてくれる。
忙しさの中で一寸した一瞬でもいい、どうだろう、休息をとってみては・・・・・・・

『 安らぎは、不安な心を、安心に変える 』
2012.4.3 アーサー・ホーランド

今月のブレッシングナイトは、本日です。
ゲストは  橋本五郎  さんです。
詳しくは、CATEGORIES-information をご覧ください。
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| 徒然と | 10:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
桜花
5
 

『 敷島の  大和心を人問わば  朝日に匂ふ  山桜花 』
                             本居宣長(もとおり のりなが)

桜の季節がやって来た。
日本人にとっては、言い様のない想いがめぐる時季と言える。俺も毎年
神田川が流れる面影橋の辺(ほとり)で、桜に浸りながら想いに耽るの
が好きだ。
満開の桜もいいが、俺は特に、散る桜が大好きだ。

『 散る桜  のこる桜も  散る桜 』 良寛(りょうかん)
『 いざさらば  死の稽古せん花の雨  死に支度いたせいたせと桜かな 』
                                        一茶
生かされていることへの感動、また人生の儚き無常観を、桜は日本人の心
に深く感じさせてくれる。
しばしその美しさに魅了され、その匂に包まれようではないか。

『 桜散る面影橋にしばし佇む  我が想い永久(とわ)へとめぐる 』
2012.4.2 アーサー・ホーランド

今月のブレッシングナイトは、明日3日(火曜日)です。
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| 徒然と | 10:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
必死
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 『 私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました 』 聖パウロ

ある人が今、生と死の狭間で戦っている。俺はただ、祈ることしかできない。
生きてこの世に生還することが、その人にとって良い事なのか、それとも、その人
が夢見る天の都へと、死の影を通って行くことが相応しいのか、身内のものにとっ
ては、生還する事が願いであるのは言うまでもないだろう。

その戦っている人の年齢や、担っていた責任などを思うと、その人にとって、こん
な時に死が訪れようとしているのは、予測もしていなかった出来事であろう。
その人は俺にとっては、とっても良い人なのである。俺を励ましてくれて、一つも否
定的な事を言わずに、こんな俺を、尊敬までしてくれていた人なのだ。

誤解される俺を、心から応援してくれていた、善き理解者なのである。
傍観者にしかすぎない俺の願いは、その人に生還してほしい。
今の俺は、その思いを、その人のために祈ることしか出来ない。

『 死は必ず来る 生きていれば 必ずどこかでいつか会う だから必死に生きよう 』
2012.4.1 アーサー・ホーランド


今月のブレッシングナイトは、今週日(火曜日)です。
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| 徒然と | 11:11 | comments(1) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
見掛け
8


 『 人は外見を見るが、神は内面を見る 』
軽井沢での子供たちとのキャンプを終え、鉄馬を馳せて、雨雲に包まれた浅間山
を後にする。

人は我儘な生きものだ。欲を出さば限(きり)がない。しかし己の思い通りにならぬ
時にこそ、自分自身の見えていなかった、真の姿を見せられるのである。其処を
如何反省し、また修正できるかによって、人間として一皮剝けた魅力的な人に近づ
ける。

人は外見のオシャレによって魅力的になると言うより、内側に既に己を魅力的にす
る、必要な要素が内住しているように、俺には思えてならない。しかし人は、己の内
面を無視し、外見だけを見て其の人を判断してしまうのである。

実は人の心の内側にこそ、外側をも変えていく、魅力の源泉が流れている。
要するに人の濁っている心の深い奥底に、其の淀みを浄化させてくれる、いのちの
泉が流れているのである。人生というものは、其の真実に気づかされて行くことで
もあるように思えてならない。

『 思い通りにならない人生だからこそ、人は成長できる 』
2012.3.31 アーサー・ホーランド

4月のブレッシングナイトは、来週日(火曜日)です。
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| 徒然と | 10:42 | comments(1) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |
童心
4
 『 ものは、心で見るんだよ!』  アントワーヌ・サンテクジュベリ
目に写るものは実は、目では見えないところからあらわされている、と俺は思う・・・
軽井沢の朝。心地好い空気は澄んでいるし、身も引き締まって、新鮮な気持ちに
なる。

昨日は鉄馬を馳せながら関越道を北上していると、左手の方に冨士山が白い衣を
纏い、品のある出立ちで優雅に其の存在を漂わせていた。また間もなくすると、秩
父の山並、そして遠くに浅間山も、お洒落に白色(はくしょく)の衣服に身を包み、そ
の雅やかな姿をあらわしていた。

美しいものを眺めていると、心が喜び踊るようで、生きていることへの感謝の思い
が自然に溢れ出てくる。
レストランでのトークショーは、来客一人一人がとっても素敵な人たちで、みんな
と楽しい一時をもつことができた。

『 求めよ、そうすれば与ええられる 』 という言葉があるが、与える人がいても求め
る人がいなければ、与えているものは意味の無いものになってしまう事がある。
しかし心を空(す)かして、何か良いものを得ようと求道心をもっていると、何かを自
分のために得ることもできる。そして求めていた人は何かを得て、それを世のため
人のために損得概念を越えて、喜んで与えて行くものとなってゆける。これからも
自らが求道する心を持ち続けてゆきたい。

子供たちのキャンプもみんな元気溌剌な子たちで、一生懸命にこの、おじさんの
話を聞いている。彼らの姿をみせられ、感心させられる。子供は実に愛らしい。俺
自身の中の子供の部分が目覚めさせられる。

『 直心(じきしん)は、菩薩の浄土なり 』 という浄土宗の言葉があるが 『 天国に
入りたければ、幼子のようになれ 』 という聖書の言葉と通づるところがある。天
国や浄土をわかりやすく言うなら、きっと命の豊かなところと言えるのであろう。
すなわち、命に満たされたければ、素直な心が大切だということなのかもしれない
確に子供たちと一緒にいると、素直な自分が出てくる。明日は東京に戻るが、今日
一日自然の中で子供になろうと思う。

『 子供には見えないものが見える、心が素直だから。年をとっても、子供心をなく
すべからず 』
2012.3.30 アーサー・ホーランド
| 徒然と | 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | ログピに投稿する |